グローバルな金融経済の動向を、ユニークな視点を交えてお伝えいたします。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

中国とナチスは似ている?

 劉暁波(りゅうぎょうは)氏をノーベル平和賞に選出したことは、どうやらノルウェーの選定委員会が想定した以上の成功を収めたかもしれません。

誰も座っていない椅子の上に置かれた、平和賞の証書は世界中のメディアによって報道され、現在の中国の政治体制のスタンスを象徴するようなイメージになりました。

 10日付けの英エコノミスト誌の記事では、今回の中国の(平和賞授与にたいする)怒りは、1975年にサハロフ博士の平和賞に対する旧ソ連の激怒に似ているが、今の中国政府の態度は、実際にはナチス・ドイツにより似ていると書いています。

 本人も家族も出席しない平和賞の授与式は、1935年の、ドイツの平和運動家のカール・フォン・オシエツキー(Carl von Ossietzky)氏の時以来の出来事です。このときはベルサイユ条約に違反する軍拡を自国が推進していることを非難するオシエツキー氏を、ヒトラーが強制収容所に収容していました。

 この平和賞授与に怒ったヒトラーは、以後ドイツ人がノーベル賞を受賞することを禁じる措置を取っています。

 エコノミスト誌は、中国がナチス・ドイツと比較されることに極度に神経質(prickly)になっていると言います。そして1936年のベルリン・オリンピックに反対したように、2001年に北京でオリンピックが開催されることが決まった際、「このような政府には、人間としての尊厳を促進するスポーツ・イベントの開催という栄誉を与えるべきでない」と言って反対したそうです。

 中国がナチスと対比されるのを嫌がるのは、それが西側諸国にとっては旧ソ連に対するものより、本能的な嫌悪感を引き起こすからだと言っています。

 さて、そう言われてみれば、オリンピック開催に、誰もいない椅子に置かれたノーベル平和賞の証書など、ナチスに似ていなくはないのかもしれません。

筆者がこれまで何度も書いてきたことですが、今の中国の体制はこのままの形で長期に渡って持続可能であるとは思えません。そうすると、問題なのは、中国の政治体制が変わる前に近隣諸国を荒廃させるような戦争や紛争を伴うのか、それともあまり血を流さずに変化が実現されるかということです。

 後者であることを祈るばかりです。

スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。