グローバルな金融経済の動向を、ユニークな視点を交えてお伝えいたします。

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FRBの歴史(その2)「ジェファーソン対ハミルトン」

 前回、第一合衆国銀行と第二合衆国銀行について説明しましたが、当時のアメリカでは銀行の設立を巡って、第三代大統領トーマス・ジェファーソンと初代財務長官のアレクサンダー・ハミルトンという2人の建国時の巨頭の間に大きな対立軸がありました。

 この関係は、アメリカという国の金融を考える上で極めて重要であります。先週ご紹介した「国家対巨大銀行」(ダイヤモンド社)にこの対立の様子が要領よくまとめられているので、今回はそこからこの対立軸について簡単にご説明いたします。

 ジェファーソンは現在でも非常に尊敬されている人物ですが、彼が思い描いていたのは地方分権化された農業社会で、経済についは良く知っていたとは言い難かったようでした。

 一方のハミルトンは、連邦政府の権限を強化して、経済発展を進めるべきだとして、ジェファーソンの大嫌いな近代的な金融制度の導入を推し進めました。ハミルトンの合衆国銀行のプランは、イングランド銀行をモデルに連邦政府の資金の管理や、連邦政府への貸付、経済全体への信用供給を行うものでした。(注:政府への貸付という点に注目して下さい)

 ハミルトンの第一合衆国銀行の設立案は、ジェファーソンが猛反対をしてワシントン大統領もそれに一度は同調しかかったのですが、最後にハミルトンの反論によって覆り、設立が実現したそうです。第一合衆国銀行は概ねハミルトンが説明した通りの役割を果たしましたが、ジェファーソンの懸念はそういった次元のことではなく、合衆国銀行が連邦政府の主たる債権者兼決済代理人として強い影響力を発揮することや、産業界の勝者・敗者を裁量的に選別するのではないかといったところにありました。

 ジェファーソンの懸念を共有し、巨大な都市銀行に不信感の懸念を持ったのは「オールド・ヒッコリー(古い胡桃の木)」との愛称をつけられた、頑固で頑健なアンドリュー・ジャクソン第7代大統領です。ジャクソンは貴族階級出身でない最初の大統領でもあります。

 ジャクソン大統領は、金や銀の裏付けのない不換紙幣と言うものが大嫌いで、第二合衆国銀行の免許更新に敢然と拒否権を発動しました。ジェファーソンもジャクソンも、強い力を持つ銀行を、民間政府の円滑な機能を妨げかねない腐敗した存在とみなしていたそうです。

 「国家対巨大銀行」の著者達は、このジャクソン大統領の勝利が19世紀のアメリカの発展に与えた影響は極めて大きかったと言っています。

 ジャクソン大統領が第二合衆国銀行を葬った結果、アメリカはヨーロッパに比べて正規の中央銀行の発達が遅れてしまったけれど、そうした不利はあってもアメリカ経済は19世紀を通じて進歩し、発展を続けました。

 そして、アメリカが同時期のメキシコやブラジルなどと同じ運命を辿る事を免れたのは、強大な民間銀行が政治権力の中枢に居座って、少数のエリートが寡占化した銀行部門を掌握して、経済に不幸をもたらす事がなかったからだと言っています。

 FRBが設立されるのは1913年のことですが、その後世界とアメリカは第一次大戦、世界恐慌、第二次大戦という歴史の渦の中に巻き込まれて行きます。そして、FRBは両大戦の戦費調達に非常に重要な役回りを演じています。

 アメリカにとって、中央銀行の存在が、幸福をもたらすものかそれとも逆なのか、まだまだ結論は出ていないのかも知れません。
FRBの歴史(その1)
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